ロールシャッハテストとは①―歴史と心理検査全体における位置づけー

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はじめに

「ロールシャッハテスト」という言葉を聞いたことがある人は多いでしょう。左右対称のインクの染みの絵を見せられて、「何に見えますか」と尋ねられる、あの検査です。ドラマや映画で犯罪心理学者や精神科医が使う場面を見て、「心を見透かされる検査」「当たるとよく当たる占いのようなもの」というイメージを持っている人も少なくないかもしれません。心理検査の中でも特に有名でありながら、その中身については意外と知られていない検査でもあります。

しかし実際のロールシャッハテストは、そうした通俗的なイメージとはかなり異なる、100年以上の歴史を持つ本格的な心理検査です。この記事では、臨床心理学の立場から、ロールシャッハテストが何であり、何でないのかをできるだけわかりやすく解説します。これから検査を受ける予定のある方にも、単に興味があって読んでくださる方にも正しいイメージを持っていただく一助になれば幸いです。

※なお本記事は、ロールシャッハ・テストの中でも「包括システム(CS)」に基づいて検査・解釈を行う心理師が執筆したものです。日本国内で広く用いられているもう一つの体系である「片口法」など、他の実施・採点法については本記事では扱っておりませんのであらかじめご了承ください。

歴史 ― ヘルマン・ロールシャッハという人物

ロールシャッハテストは、スイスの精神科医ヘルマン・ロールシャッハ(Hermann Rorschach, 1884–1922)が開発した検査です。彼は元々、インクの染みを使った「ブロット・ゲーム」という当時ヨーロッパで流行していた遊びに関心を持ち、精神科の臨床経験の中で統合失調症の患者と健常者とでは、インクの染みに対する反応の仕方に系統的な違いがあることに気づきました。単なる遊びだったものを臨床的な観察の道具として磨き上げていったところに彼の独自性がありました。話がそれますが、彼が学生時代に寮生活をしていた頃、「クレックス(Klex)」というあだ名で呼ばれていたそうです。これは「Klexography(クレクソグラフィー)」つまりインクの染みを使った遊びを意味する言葉の接頭辞にあたります。そんなあだ名がつくほど彼はインクの染みを使った遊びに熱中していたのでしょうね。

ロールシャッハは膨大な数の染みの図版を試作し、試行錯誤して臨床的に意味のある反応を引き出せる図版を選び抜いて最終的に10枚の図版にまとめました。その意味で、ロールシャッハテストのある方法の教示では「…これはインクを落として偶然にできた模様ですから、何に見えても構いません…」といった説明は、教示としては全く問題ないものの、図版の成り立ちを厳密に言い表した表現ではありません。実際には、偶然の産物というより意味のある反応を引き出せるよう選び抜かれた、いわば「意図を持って選ばれた偶然」に近いものだからです。

1921年に『精神診断学(Psychodiagnostik)』という著書でこの検査法を発表しましたが、彼自身は翌1922年、37歳の若さで急逝してしまいます。そのため、検査体系の完成は弟子や後継者たちに委ねられることになりました。もし彼がもっと長く生きていたら検査体系はまた違った形にまとまっていたかもしれないとも言われています。

その後、アメリカを中心に複数の研究者(ベック、クロッパー、ピオトロフスキー、ヘルツ、ラパポートなど)がそれぞれ独自の実施法・採点法を発展させ、長らく「流派の乱立」状態が続きました。同じ図版を使いながらも実施者によって教示の仕方や採点の基準がまちまちであったため、検査結果の比較や研究の蓄積が難しいという課題を抱えていた時代です。また、日本でも片口安史らによって独自の体系(片口法)が発展し、今日まで国内の臨床現場で広く用いられ続けています。

この混乱を整理し実証的なデータに基づいて標準化したのが、心理学者ジョン・エクスナー(John E. Exner)です。彼が1970年代に発表した「包括システム(Comprehensive System, CS)」は、それまでの諸流派の長所を取り入れつつ、大規模な標準データに基づいて実施法・採点法・解釈の枠組みを統一したもので現在も国際的に最も広く使われている標準的な実施・採点法です。近年では統計的な手法の進歩や新たな知見を踏まえ、標準データや指標の見直しを図った改訂版「CS-R(Comprehensive System-Revised)」の研究・開発が進められています。

心理検査全体における位置づけ

心理検査におけるパーソナリティ検査には大きく分けて二つのタイプがあります。心理検査の分類については興味がある方はこちら、パーソナリティ検査について興味がある方はこちらをご確認ください。

質問紙法(自己報告式検査):「はい/いいえ」や段階評価で答える形式。MMPI(ミネソタ多面人格目録)やYG性格検査などが代表例です。回答者が意識的にコントロールしやすいという特徴があり、実施や採点が比較的簡便であることから、幅広い場面で使われています。短時間で多くの人に実施できるという利点がある一方、「こう答えた方が良いだろう」という意識が結果に影響しやすいという側面もあります。

投影法:曖昧で構造化されていない刺激(絵、図形など)に対する自由な反応から、その人のパーソナリティや思考・感情のパターンを推測する検査。ロールシャッハ・テストのほか、TAT(絵画統覚検査)、文章完成法(SCT)、描画テストなどがこれに属します。

投影法の考え方の基本は、「構造化されていない曖昧な刺激に対して人は無意識のうちに自分自身の物の見方・考え方・感じ方を投影(投げかけ)する」というものです。質問紙法のように「はい/いいえ」で意識的に答えを選ぶのとは違い、答え方そのものに自由度が高いぶん、本人も意識していないような物の捉え方の癖や心の動き方が表れやすいとされています。ロールシャッハテストはこの投影法の中でも最も体系的に研究され、最も広く使われてきた検査の一つです。

臨床現場では、単独で実施されることもありますが、知能検査(WAISなど)や質問紙検査、面接など複数の方法を組み合わせた「テストバッテリー」として実施すると、その人をより多角的に捉えることができ、解釈の精度も高まります。たとえば、質問紙では「大丈夫です」と答える方がロールシャッハテストでは緊張や不安を示唆する反応を見せるといったこともあり、両者を実施することでその方の自己理解の仕方や意識と無意識のずれのようなものが見えてきます。大切なことは、得られた反応を実際の生活状況や他の検査結果と突き合わせながら総合的に解釈していくことです。

→ロールシャッハ・テストとは②―実際の検査とよくある誤解―

参考文献

中村紀子2010『ロールシャッハテスト講義I 基礎編』金剛出版

カウンセリングルームいちご(江戸川区葛西駅徒歩3分)

北村哲也(公認心理師・臨床心理士)

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