はじめに
①②と、少し難しい話が続きましたので、ここで箸休め的なコラムを書いてみたいと思います。今回は、ERP(Exposure and Response Prevention:曝露反応妨害法)という治療を提供する側として感じている難しさについて、個人的な考えをまとめてみました。
主の問題から取り組む必要がある
心理療法には、大きく洞察志向型と問題解決志向型という考え方があります。洞察志向型は、自分自身への理解を深めていくことそのものに価値を置くアプローチです。一方、問題解決志向型は、特定の問題を明確にし、それを解決・改善することを目的とするアプローチです。
ERPは後者、問題解決志向型に分類されます。問題解決志向型の心理療法では、「今、最も取り組むべき主たる問題は何か」を見極めることが欠かせません。
今回のテーマであるOCDについて言えば、「OCDが今のこの方にとって本当に主たる問題なのか」を考える必要があります。②でも触れましたが、強い落ち込みや希死念慮がある場合、幻聴・幻覚などの症状がある場合は、そちらが優先される主たる問題であることが多く、OCDの治療、つまりERPの適用とはならないことがあります。
そのため、心理療法を行う者としては、初回〜2回目までの面接で、この見極めを行うことが非常に重要になります。
このような見極めは、どのような心理療法であっても必要なことです。しかし、ERPの場合は特にその重要性が高くなります。
ERPは、症状に特化する度合いが非常に高い治療法です。セッションでは、症状の変化や宿題(ホームワーク)の実施状況についてお聞きしますが、それ以外のこと——例えば「前回から今回までの間に何かありましたか」「最近ストレスのあった出来事はありますか」といったことは、基本的にお聞きしません。
これは、聞かないことが不親切なのではなく、治療として意図的にそうしているということです。むしろ、そうした話に踏み込んでしまうと、本来の治療から逸れてしまい、治療期間が長引いたり、ERPとして不適切な進め方になってしまうことがあります。
これはOCDのERPに限った話ではありません。対人緊張・対人恐怖に特化した心理療法や、特定の恐怖症(例:ねずみ恐怖症、先端恐怖症など)に対する治療でも同様です。症状そのものに特化したアプローチを行う場合は、症状以外の話題に深く踏み込まないという進め方が共通しています。だからこそ、ERPを始める前の見極めが何よりも重要になります。症状以外の部分に目を向ける必要がある方に対して、症状だけに特化した治療を行ってしまうと、その方が本当に必要としているケアが届かなくなってしまうからです。
顕在的ニーズと潜在的ニーズ
これは、読まれている皆さんのお仕事にも通じる話ではないでしょうか。営業の場面では、顕在的ニーズと潜在的ニーズという考え方があると聞いたことがあります。
顕在的ニーズ
顧客自身が自覚し、言葉にして表現できる欲求のことです。「この商品が欲しい」「このサービスを使いたい」という、表面に現れている要望がこれにあたります。
潜在的ニーズ
顧客自身もまだ明確に自覚していない、本質的な欲求のことです。例えば、「ドリルが欲しい」という顕在的ニーズの背景には、「穴を開けたい」というニーズがあり、さらにその背景には「棚を取り付けて部屋を快適にしたい」という、より本質的な潜在的ニーズが存在する、という有名な例があります。優れた営業は、顧客が口にした要望(顕在的ニーズ)だけに応えるのではなく、その奥にある本質的な目的(潜在的ニーズ)に応えようとします。

ERPに当てはめる
顕在的ニーズは、「OCDの症状を止めたい」「確認行為をやめたい」という、表面化した訴えです。
潜在的ニーズは、「症状に振り回されず、自分の生活をよりよく過ごしたい」という、より本質的な目的です。
症状だけにとらわれることのリスク
ある意味、この構造は営業の話と同じだと私は考えています。
精神症状があって困っていて、それを改善・緩和することが目的であるはずなのに、「OCDの症状を止めること」自体だけにとらわれてしまうと、本来の目的である「生活をよりよくしたい」という本質的・潜在的なニーズには到達できないことがあります。
例えば、OCDの症状だけを切り離して無理にERPを行おうとしても、その背景にある別の問題(強い落ち込みや希死念慮など)が手当てされないままでは、結果的にその方の生活全体は改善しません。逆に、症状の背景を丁寧に見極めたうえでERPに取り組むことができれば、症状の改善だけでなく、生活そのものの改善につながっていきます。
CBTの要素を取り入れることと、専門的に提供することの違い
ここまで述べてきたような見極めや進め方の違いは、「認知行動療法(CBT)の要素を取り入れてカウンセリングを行うこと」と、「CBT・ERPを専門的に提供すること」の違いでもあると、私は考えています。
どちらが良い・悪いという話ではありません。それぞれに適した目的や対象があります。
複数の問題が同時的に絡んでいる場合は、CBTの要素を取り入れつつ、その時々で困っていることもお聞きしながら進めていく方が、その方にとって適している場合もあります。一方で、OCDや特定の恐怖症など、症状がある程度明確で、それに特化して取り組むことが適している場合は、専門的にERPを提供する形が向いています。
また、症状への取り組みに対するモチベーションが今は高くない、と感じられる場合に、まずはCBTの要素を取り入れる形で進めることもあります。ERPは、②でも触れたように、ご本人にある程度の時間とエネルギーのコミットメントが必要な治療法です。そのため、ご本人の準備が整うまで、別の形で寄り添いながら進める方が適している場合もあります。専門的にERPを提供する場合は、ここまで述べてきたような見極めと、症状に特化した進め方が前提になる、という点は、知っていただけたらと思います。
→強迫性障害とは④—ERPの「ゴール」とは—
※本記事における「OCD」などの病名は、症状の傾向を示す表現として用いており、診断を意味するものではありません。診断は医師のみが行うことができます。
カウンセリングルームいちご(江戸川区葛西駅徒歩3分)
北村哲也(公認心理師・臨床心理士)
